近年、身近な存在になったドローン。
上空から撮影したダイナミックな映像を見たり、河原や広場で飛ばしている様子を目にする機会も多くなりました。すでにあなたや、あなたの知人・友人が所有しているかもしれませんね。そんなドローンは今後、エンタメだけでなく「社会のインフラ」となる存在だと知っていましたか?
ドローンにいち早く着目し、新規事業を立ち上げたのがオートバックスセブンの子会社「株式会社 エー・ディー・イー(以下ADEと表記)」です。日本初のドローンサッカーアリーナを大分県別府市に開設、日本のトッププレイヤーも在籍しています。事業の柱であるドローンサッカーとは何でしょうか。もうひとつの柱である「障がいのある方への自立支援」は、ドローンとどう関係しているのでしょうか。気になる点・疑問点を取材してみました。
【対応していただいた「ADE」のみなさん】
・代表取締役 八塚昌明さん
・淡路康晴さん
・清永千春さん
【協力いただいた「太陽の家」のみなさん】
・宮崎元明さん
・杉本結城さん(利用者)
・小田彩さん(利用者)
・田村算啓さん(利用者)
ドローンを軸にした事業展開について、代表取締役の八塚昌明さんにお話を伺いました。
八塚代表:日本の内閣府が定義した概念に「ソサエティ5.0」があります。簡単に説明するとソサエティ1.0は狩猟、2.0は農耕、3.0は工業、4.0は情報、そして現在は5.0の時代。「より安全で快適な技術の時代」である現代において、AIやドローンは「未来の社会を支える技術」とされているのです。
すでに宅配、農業、現場の点検、災害時の活用など、さまざまな分野でドローンの活用が始まっています。もともと、全国にある600以上あるオートバックスの店舗ではドローンを販売していました。これは、趣味・エンターテインメントとしてのドローンです。
八塚代表:ドローンの販売をはじめた直後、「もっと活用法があるのでは?」と考えていた時期があります。そんなときに海外でドローンサッカーの試合を見て、これはおもしろいと思ったんです。ちょうどその頃、日本ではドローンに対するネガティブなイメージが広がっていました。首相官邸に落下して規制が厳しくなるなど。
でもドローンは本来、誰でも簡単に楽しく扱えるものなんですよ。だからこそ、その楽しさをみんなに理解して欲しかったんです。ドローンを販売しただけでは、活用の新しい道を模索したり、楽しさを広めるのには限界があります。そこで、新規にドローン事業を立ち上げました。
八塚代表:目的のひとつは、ドローンに関するノウハウを得ることです。そのために、まずはドローンサッカーを取り入れました。ドローンサッカーは年齢や性別、そして障がいの有無に関係なく、みんなが同じフィールドで戦えるバリアフリースポーツです。
もうひとつの目的は「太陽の家」と連携し、障がいのある方にドローン産業に参加してもらい、世の中に積極的に出る機会を創出する・自立支援することです。
【太陽の家】
大分県別府市にある「太陽の家」は、障がいのある方々への自立・就労支援を行う社会福祉法人です。1965年、「障がい者スポーツの父」と呼ばれる故中村裕(なかむら・ゆたか)医師によって設立されました。障がい者就労支援のパイオニア的存在で、全国各地から視察者が訪れています。
手先が動かせれば扱えるのがドローン。障がいのある方々が操作を覚えれば、自立するための機会創出になると考えています。
八塚代表:ドローンは障がいのある方の自立支援のひとつの手立て。もっと大きな目的は「AIソリューションの構築」です。
AIには必ず教える人間が必要ですが、大事な教師役を担える人数は多くありません。そこで、障がいのある方たちに教師役になってもらうために「AIマシーンラーニングセンター」を開設しました。最初から複雑なことを行うのは難しいので、まずはオープンデータの構築から始めようと試みている最中です。
新規事業としてのドローン事業を成功させること、障がいのある方々の自立的な生活を支援すること、「ADE」が大分県の地域活性に貢献すること。この3つをモチベーションとして新規事業を推進しています。
「誰もが扱える、けれど重要なインフラとなるドローンは、大きな可能性を秘めたもの」と語る八塚代表(写真奥、右から2人目)
「ADE」が現在取り組んでいるドローンサッカーとはどんなものでしょうか?
国内のドローンサッカー初号機を操作する日本のトッププレイヤーである柳川詩帆さんに、お話を伺いました。
【ドローンサッカーとは】
球状のフレームに覆われたドローンを5対5で対戦するゲーム。年齢、性別、国籍、障がいの有無に関係なく、みんなで一緒に楽しめるのが特徴。
「ADE」社内にある、日本初の公式なドローンサッカーアリーナ。実際の競技で使用するドローンを飛ばしてもらったときの映像です。大きな音が響き渡り、想像以上のスピードで動き回るドローンに圧倒された取材班。ドローン1台でも迫力がありました。
柳川さん:バリアフリーな競技なので、誰でも一緒に楽しめるのが魅力です。また、少しの規定を守れば、自由度が高いのもポイントです。
柳川さん:プログラミングによっては時速100km出せたり、小回りを効くようにしたり、自由にカスタマイズできます。プロペラの変更も自由。試合は1セット3分で、2セット先取したほうが勝利します。
激しくぶつけ合うのでプロペラやフレームの損傷は頻繁にありますが、すべて自分で修理するので、その技術も身につきますよ。
柳川さん:もともとは、ゲーム好きでもなく、ドローンは触ったこともありませんでした。会社にいわれて……というのが正直なところでしたね。最初は思うように操縦できず苦労しましたが、自在に操れるようになるとおもしろくて、今はとても楽しんで操縦しています。
現在は、ドローンアリーナがある「大分県立情報科学高等学校」の部活動で顧問をしており、高校生と一緒に練習する日々です。ドローンサッカーの操縦は少し難しいんです。けれど、これさえできるようになれば、どんなドローンも操縦可能になります。楽しみながらドローン技術を学べますよ。
まだまだ日本では知名度の低いドローンサッカーですが、今後はより多くの人を魅了していくでしょう。
「ADE」の柱のひとつ、障がいのある方への就労支援は「太陽の家」と連携して進められています。そこで「太陽の家」にお邪魔し、訓練の様子を見学。職員の宮崎元明さんや、訓練中の利用者さんにお話を聞いてみました。
宮崎さん:「太陽の家」はものづくりを中心に就労支援を行ってきましたが、今後、情報処理の仕事は付加価値の高い作業になり、需要があると考えています。障がいがあっても、指先が動けばできることがあるPC作業は、オンラインを利用したやりとりが可能な点も魅力的です。そこで「ADE」からの発注を受け、オープンデータを作る作業を事業化しようと施策しています。自立に向けた支援として、一般就労や在宅就労につなげるのが目的です。ここでは、車椅子の利用者のために低い机を用意したり、モニターを複数用意して作業しやすくしたり工夫しながら、実習を進めています。
宮崎さん:「太陽の家」の作業場で作業されている方が多いです。作業者としても優秀なのですが、本人たちの希望があれば、積極的にPC作業にも携わる機会を提供しています。私たちは「保護より機会を」という理念がありますから。理念の通り、障がいのある方の意思を尊重し、多くの機会を作りだしています。利用者さんたちは、どんな動機でPC作業に興味を持ったのか、話を聞いてみました。
利用者・杉本結城さん:パソコンは家でも使っています。初めて実習してみて、難しいところもあったけれど、やっていけばできると思います。
利用者・小田彩さん:夫がパソコンを使う仕事をしているので、自分もやってみたいと興味を持ちました。普段は部品の組み立てを行っています。得意な作業ですが、新しいこともやってみたくて実習に参加しました。
新しいことに挑戦する利用者さんの、積極的な姿勢と笑顔が印象的でした。ここから情報処理のスペシャリストが誕生するのも、そう遠くない未来かもしれません。
最後に、今後の展望について。八塚代表にお話いただきました。
八塚代表:去年(2020年)立ち上げた会社で、まだ大きなビジネスには繋がっていないのが現状です。しかし10年後には、日本全国にドローンサッカーが広がっていて、バリアフリーな環境で誰もがドローンサッカーを楽しんでいる世界を実現したいです。そして、ドローンという技術を使ってさまざまな産業でサービスを提供し、社会を支えるサービスを作りたいですね。ドローンだけでなく「AIマシーンラーニングセンター」からも、技術者や起業家など、世界で活躍する人を育てていくのが目標です。
まだまだ活用が始まったばかりのドローンやAI産業。今後も目が離せない展開があり、新しい世の中を作っていくことでしょう。誰もが楽しい未来・インクルーシブな未来の実現を担う「ADE」の動きは、新しい社会のひとつの指標になりそうです。
「ADE」は、日本でポジティブな影響を与えている最も有望な技術系ベンチャー企業のひとつです。障がい者にITの知識、スキル、経験を身につけさせることで、障がい者が競争力を持って社会に出られるようにしています。インタビュー中、私はテクノロジーがどれほど個人に力を与えながら、迅速で効率的な学習を可能にするかに魅了されました。テクノロジーの進化と、それが人々の生活をどのように変えているのかに驚きました。具体的には、AIを使って、ドローンサッカーで障がい者の方の幸せを創造しています。ドローンサッカーは、テクノロジーがよりインクルーシブな社会の構築に役立つことを示す、最良の方法のひとつです。ドローンサッカーを実際に見て、実用的で楽しいゲームであることに驚かされました。
一番印象に残っているのは、八塚さんが「日本のドローンに対する見方を変えたい」と話していたことです。ドローンは主にエンターテインメントとして捉えられているので、その強力なツールを使って人々の生活にポジティブな影響を与えることができるのではないかと考えたと言います。同じ考えで、私は「ADE」のコロナ禍での回復力に感銘を受けました。活動やトレーニングが制限されているにもかかわらず、彼らはビジネスを大幅に拡大することができました。「ADE」のディレクターは、障がい者が社会に溶け込んだ世界を実現するために、今後も努力を続けていくことを約束しました。豊かな社会を築くために、すべての人の可能性を信じています。
◆インタビュアー Umar Teixeira (立命館アジア太平洋大学)
◆通訳 生野 紘至(大分大学)
◆写真・動画 水野 大海(立命館アジア太平洋大学)
◆記事作成・編集 泥ぬマコ
モザンビークの技術学校IMEPOLでプロジェクトマネージャーを務めるほか、大学ではGlobal Business Leadersのコンテンツライターを務めている。