別府駅周辺の小路を歩いていると、趣のある火鍋料理の店や活気のある日本酒の店など、隠れた名店を見つけられるでしょう。日本や世界の各地から人々が訪れる観光都市・別府には多種多様な店舗やビジネスがあり、この町にやってきた人々を魅了しています。
軌道に乗っている店や繁盛している店でも、オープン時には多くの課題を抱えていたところがほとんどです。新たに店をオープンしたい人が試しにお店を構えられるチャレンジショップ「PUNTO PRECOG」が別府にあり、いくつもの店を手助けしてきました。ここから巣立ち、現在も別府の町に根付いて営業を続けているお店がたくさんあります。
「PUNTO PRECOG(プント・プリコグ)」は、レストランやワークショップ、マーケットなど、起業家が自分のビジネスのために利用できるフリースペースです。「プント」とはスペイン語で「基地」を意味し、「プリコグ」とは英語の「precognition(予知)」に由来しています。
「PUNTO PRECOG」が目指すのは、人と人とのつながりを築くための基盤となり、起業家がビジネスをスタートさせる出発点となることです。起業家はフリースペースを借りてお店を開けますが、「ビジネス」自体がフリースペースの唯一の目的ではありません。起業家が「表現すること」「人脈を作ること」「ネットワークを作ること」を推奨しています。
「PUNTO PRECOG」の創設者である中村茜さんは、東京の舞台芸術プロダクション「PRECOG」の創設者でもあります。
別府の家族的な雰囲気に惹かれ、2012年に別府と東京の2拠点生活を開始。温泉以外にも街の顔となるユニークな人々や、海や山、美味しい食材など沢山の魅力が別府にあると感じました。別府の人たちはオープンマインドで移住者を歓迎してくれるものの、昔からある小さなコミュニティに突然「芸術」を入れるのは至難の業です。それならば、一歩一歩進んでいこうと決意しました。
市民の生活に溶け込むような芸術の場や機会をつくる、そのために「PUNTO PRECOG」が設立されたのです。
2021年6月14日、GENSEN編集部は中村さんにオンラインインタビューを行い、「PUNTO PRECOG」について語っていただきました。
中村さん:新しいプロジェクトやビジネスを成功させるには、まず地域の人たちからの信頼を得ることが大切です。そこで、表現者や起業家など「社会でなにか挑戦してみたい!」と考える方々が、地域でネットワークや信頼を得るための基盤をつくる場として「PUNTO PRECOG」が機能しています。「PUNTO PRECOG」によって、表現やビジネスなどの新しい挑戦が少しずつ別府のみなさんにに認知されていきます。
中村さん:自分が2拠点生活を始めて「PUNTO PRECOG」をオープンしてから、多くの地域の人たちと出会いました。プントをオープンする際には、学生さん、商店街や地元企業のみなさんや、別府で活躍するクリエーターのみなさんなど様々な方々の協力をいただきました。別府にとって新しい業態のプントを、当初言葉で説明するのがとても難しかったのですが、「チャレンジショップというスペースを運営したい!」という、新参者の私たちを受け入れて協力してくださる、とても温かい方々でした。
中村茜さん(写真下)とのオンラインインタビュー
フリースペース「PUNTO PRECOG」でスタートした社会事業が、今では完全に独立していることに興味をもった編集部。幸いにも中村さんとのオンラインインタビューを終えたその日の午後、2人の「PUNTO PRECOG」の卒業生を訪ねることができました。
PUNTO PRECOG
〒874-0944 大分県別府市元町3-5
インスタグラム:@puntoprecog
商店街に面し、入りやすい雰囲気のエントランス
まず訪れたのは「Beppu Sake Stand 巡」(以下、巡[じゅん])です。
2018年7月から12月にかけて、「巡」はトライアル事業として「PUNTO PRECOG」での営業をスタート。営業を終え、正式な事業立ち上げを決意しました。
大分県内の酒蔵をはじめ、多くの日本酒を販売している
お店を訪れてみると、明るくアットホームなデザインで、居心地の良い空間です。このバーの魅力は、スタンディング・コンセプト(角打ち)にあると思います。スツールや椅子はなく、立ち飲みスタイルです。
巡という言葉には「いろいろな場所をまわる」「巡り会う」などの意味がありますが、お店のコンセプトもそれに沿ったもの。
「酔うだけの店にはしたくないんです。楽しんでもらいたいし、他のお店にも足を運んでもらいたいと思っています」と、スタンディングコンセプトにした理由を「巡」の店長である梁原(やなはら)そにさんが答えてくれました。
お客様同士が隣り合ってお酒を飲むので会話の機会も多く、親密で近い空間でお酒を楽しめます。
賑やかな雰囲気に包まれる店内
これこそが「巡」の目指すところ。日本酒を提供するお店としてだけでなく、人々がつながりや学び、新しい経験や知識の持ち帰りができる場所として機能しています。日本酒のことをあまり知らないけれど興味がある人には、日本酒のいろはを紹介。すでに知っている人には、ぴったりの一杯を提供します。
社交性を重視しているのは、梁原さんの「お酒は社会生活の中で重要な役割を果たしている」との考えに基づいているようです。
お酒が飲めない人にも配慮して、ノンアルコールの飲み物の提供もあります。500円から飲めるので、予算の少ない学生にも優しいですね。
店長の梁原そにさん(写真左)
梁原さん:人脈作りにとても役立ちました。「PUNTO PRECOG」はすでに別府で認知されていたので、お店のオープンに合わせて「PUNTO PRECOG」のフォロワーが来てくれたんです。そのおかげで、お店の知名度を上げることができました。
梁原さん:日本酒の持つ良さを知ってもらいたいですね。ただ飲むだけではなく、お酒を知ってもらいたい。お酒には文化がありますから、その知識をお届けできればと思っています。
梁原さん:大分のお酒をどんどん広めていきたいですね。人気のある銘柄だけでなく、小さな銘柄も含めて、大分以外の地域でも展開したいと考えています。
Beppu Sake Stand 巡(じゅん)
〒874-0920 大分県別府市北浜1丁目1−1
インスタグラム: @beppusakestand.jun
次の店舗は、「火鍋にしだ」です。
巡と同じく、「PUNTO PRECOG」のトライアル事業としてスタートし、その後別府で店舗を構えた「火鍋にしだ」。白井淳平さんと白井菜美さんは、サラリーマンから独立してこの店を開きました。
別府に引っ越す前、中国関連の仕事をしていたことがある白井さん夫妻。火鍋は常に食べていた料理だったそうです。日本でも人気がある火鍋ですが、本場の味では日本人の舌に合わないかもしれないと考え、味を調整しました。
友人に別府を紹介された白井夫妻。まだ火鍋を食べたことのない人に紹介するには便利で、とてもいい町だと感じました。落ち着いた装飾の店内は、友人たちが集まって温かい料理を楽しむのに最適な場所となっています。
「PUNTO PRECOG」を卒業したとはいえ、ゼロから事業を始めるのは大変で、途中でいくつも壁にぶつかりました。最初の1年半は試行錯誤の段階。保管の問題、材料の賞味期限切れ、必要な価格調整など、はじめての経験ばかりだったそうです。
「すべては学習プロセスです」白井夫妻は当時の苦労についてお話してくれました。だからこそ、「PUNTO PRECOG」は彼らにとって必要不可欠で重要な場だったのです。
白井さん夫妻:初めての開業だったので、「PUNTO PRECOG」の仮設店舗はとても助かりました。広さもちょうどよく、場所もとてもよかったです。私たちは飲食店を開くのも初めてでした。ほとんど経験がなかったので、フリースペースで思い切ってやってみたんです。半年間「PUNTO PRECOG」で過ごし、初めてのお客様や楽しいお客様とたくさん知り合えました。
火鍋にしだの白井淳平さん(写真左)と白井菜美さん(写真右)
白井さん夫妻:お客様に「また来たい」と思っていただけるような体験を提供したいです。初めてで火鍋の楽しみ方がわからない方には、私たちが案内してお教えすることもできます。
白井さん夫妻:ここの環境はとても良いですよ。山や海に近いので、新鮮な食べ物もたくさんあります。さらに、大学があるので留学生も多いです。火鍋を食べたい、あるいは初めて火鍋を食べてみたいと思っている留学生も多いと思いますが、彼らにもこの料理を評価してもらいたいと思っています。また、人々がとてもフレンドリーですね。
火鍋にしだ
〒874-0920 大分県別府市北浜1丁目4−29
インスタグラム: @hinabe.nishida
私が「PUNTO PRECOG」に最も惹かれたのは、起業を志す人たちへの支援や基盤を提供するだけでなく、巡や火鍋にしだなど、別府の人々が楽しめる逸品をたくさん提供する店の心のよりどころになっていることです。チャレンジショップを卒業してもなお、元々の基盤として活動した場所や時期のことを語ることは、日本全国や世界中探してもそんなにないと思います。梁原さんや白井さんご夫妻にもお会いしましたが、お店のことを心を込めて話されていて、とても感動しました。
◆インタビュアー Amara Zahra Djamil (立命館アジア太平洋大学)
◆通訳 zhuolin qiu(立命館アジア太平洋大学)
◆写真・動画 Kaoru Inada(立命館アジア太平洋大学)
◆記事作成・編集 泥ぬマコ
現在、大学の学生記者会チームに所属し、大学生活についてのブログや記事を書いている。記事は学生のホームページでシェアされている。また、wakuwakuのフリーランス旅行ジャーナリストとしても活動している。
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